2010年1月 6日
古代の仙台地方
古代においては、仙台という地名はまだ存在しなかった。仙台、または千代という地名が現れるのは、中世以降のことである。しかしこの地域は、すでに"古代東北地方の政治的中心地"となっていた。
まず、7世紀に現在の仙台市東南部に、郡山遺跡が造られた。陸奥国府である郡山遺跡の東西には、東多賀神社と西多賀神社が建立された。陸奥国府が多賀城に移ると、多賀城には政庁に隣接して、東北地方で最高位にある神社、陸奥総社宮が建立された。同じく多賀城政庁に隣接して、多賀神社とアラハバキ神社も建立された。アラハバキ神社は蝦夷の神である「アラハバキ神」を祭るものである。大和政権が東北地方の蝦夷を大量殺戮したため、アラハバキ神社には「蝦夷の怨霊を封じる」という意味が込められている。多賀城創建と同じ頃、多賀城市の隣に位置する現在の塩竈市に、「国の港」である国府津と、奥州一ノ宮である鹽竈神社(しおがまじんじゃ)が造られた。同じく、多賀城市の隣に位置する現在の七ヶ浜町には、「国の厨房」である国府厨が置かれた。同じく、多賀城市の隣に位置する利府町には、「日本三関」の一つ勿来の関が置かれた。また、仙台市北東部の岩切は、「東北地方最大の商業地帯」として大いに賑わった。多賀城の創建よりやや遅れて、仙台市東部に「日本最北の国分寺」である陸奥国分寺と陸奥国分尼寺が建立された。
これら、現在の仙台市東部、多賀城市、塩竈市、利府町、七ヶ浜町を中心とする地域が、"古代東北地方の政治的中心地"、すなわち府中である。府中は聖なる空間とされた。この地域がそのような"特別な地域"に成り得た理由として考えられるのは、東北地方最大の仙台平野、名取川、広瀬川、奥大道、塩釜港、などの存在である。
このように古代の仙台地方は大いに栄えたため、奈良や京都の都人たちは仙台地方を「宮城野」と呼んで、歌枕に詠まれる「憧れの地」となった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
今度旅行で仙台に行こうと思っています。楽しみです。
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